研究所の業務の一部をご紹介します。各年度の活動を網羅的に記載する『年報』や、研究所の組織や年次計画にもとづいた研究活動を視覚的にわかりやすくお知らせする『概要』、そしてさまざまな研究活動と関連するニュースの中から、速報性と公共性の高い情報を記事にしてお知らせする『TOBUNKEN NEWS (東文研ニュース)』と合わせてご覧いだければ幸いです。なおタイトルの下線は、それぞれの部のイメージカラーを表しています。

東京文化財研究所 保存科学研究センター
文化財情報資料部 文化遺産国際協力センター
無形文化遺産部


皇居三の丸尚蔵館との共同研究の成果公開

「動植綵絵」デジタルコンテンツ
「春日権現験記絵」巻17・18報告書
「世界図」報告書

 東京文化財研究所では先人が守り伝えてきた貴重な文化財について先端的な科学技術を用いて調査・記録を行い、その成果を一般に公開しています。このたび皇居三の丸尚蔵館収蔵作品・東京文化財研究所光学調査デジタルコンテンツとして伊藤若冲筆「動植綵絵」(全30幅)をウェブ公開しました。https://www.tobunken.go.jp/doshokusaie/このウェブサイトでは、宮内庁三の丸尚蔵館(当時)と東京文化財研究所が平成13~20年(2001〜2008)度に共同研究として実施した光学調査によって撮影された伊藤若冲筆「動植綵絵」の高精細写真、蛍光X線による彩色材料分析のデータ等を公開しています。また鎌倉時代の代表的な絵巻作品としてしられる「春日権現験記絵」(全20巻)については、平成29年(2017)年度から2巻ずつ収載した報告書を発行してまいりましたが、このたび10冊目の報告書を刊行し、シリーズ最終巻となりました。また「萬国絵図屏風」については、関連作品である「世界図・四都図屏風」(神戸市立博物館)、「チュニス戦闘図・世界地図屏風」(香雪美術館)、「泰西王侯騎馬図屏風」(サントリー美術館、神戸市立博物館)、「泰西王侯図」(長崎歴史文化博物館)などの画像も掲載した総合的な報告書として刊行しました。今後の研究に活用していただけたら幸いです。

日本製漆工品と日本人専門家-タイ所在日本製漆工品に関する調査研究(2)英語版-の刊行

『日本製漆工品と日本人専門家-タイ所在日本製漆工品に関する調査研究(2)英語版-』表紙
図版の例(三木栄旧蔵蒔絵道具箱の内容物)
ワット・ラーチャプラディットの日本製漆扉

 東京文化財研究所は、平成4(1992)年以来タイ王国文化省芸術局と共同で、タイに所在する文化財の調査研究を実施してきました。平成23(2011)年からは、バンコクの王室第一級寺院ワット・ラーチャプラディットの日本製漆扉部材に関する調査研究や、芸術局が行う漆扉部材の本格修理への技術的な支援を行っています。
 この漆扉部材のほか、タイには図書館、博物館、寺院、宮殿など様々な場所に日本製漆工品があります。また、漆工に関する日タイ両国の交流は物品にとどまらず、ラーマ5世王(1853-1910)は蒔絵に魅せられ、その技術を学ぶために留学生を日本に派遣し、王室第一級寺院ワット・ベンチャマボピットの本尊に金箔を貼るため、鶴原善三郎を明治43(1910)年にタイに招きました。三木栄は明治44(1911)年から30年あまりタイに滞在、現在の芸術局の職員として漆工品制作や修理に携わりました。
 令和7(2025)年3月に刊行した標記の報告書では、タイにある日本製漆工品や、漆工品が写ったタイの古写真、上記の日本人漆工専門家について、日タイの研究者によるこれまでの研究成果をまとめました。これらの成果は、漆工分野での両国の交流に関する新たな知見で、ワット・ラーチャプラディットの漆扉部材の漆工史や日タイ交流史上の位置づけを知る上でも有益です。
 本報告書には令和6(2024)年3月刊行の日本語版もありますが、英語版には新たな知見や写真が含まれます。公共図書館などでぜひ両方をご覧ください。本報告書で紹介した日本製漆工品は一部に過ぎず、日本人漆工専門家に関する文献資料も続々と発見されていますので、引き続き成果を発表する予定です。

言葉を紡ぐ版画家、清宮質文―令和6年度第13回文化財情報資料部研究会の開催

研究会の様子

 清宮質文(1917~1991)は、静謐で詩的な心象世界を木版画やガラス絵で表現した作家として知られています。昨年、当研究所は清宮が遺した手記・日記および写真等の資料をご遺族より受贈いたしました。
清宮質文資料の受贈 :: 東文研アーカイブデータベース
そして3月6日の文化財情報資料部研究会では、長年にわたり清宮を研究対象とし、資料の受贈にあたって仲介の労をとられた住田常生氏(高崎市美術館主任学芸員)に、「「清宮質文資料」について」の題でご発表いただきました。清宮は、作品制作に深く関わる多くの言葉を、「雑感録」「雑記帖」と題する手記の内に残しています。みずから「表現形式に「絵」という方法をとっている詩人」(「雑記帖」1971-72年)と記した清宮にとって、絵と言葉が分かちがたく結びついていることを示した住田氏の発表は、受贈した資料の重要性をあらためて認識させるものでした。
 発表後のディスカッションでは、住田氏とともに清宮質文資料の整理に当たられた井野功一氏(茨城県近代美術館美術課長)に、コメンテーターとしてご参加いただきました。当研究所が受贈したのは手記・日記や写真等の紙資料に限られますが、他に遺された資料として版木の類があり、井野氏はその保存・活用に向けての課題についてご報告いただきました。ディスカッションでは、原版も含めた版画家特有の資料群のあり方をめぐって、当研究所のスタッフも交え、意見が交わされました。

久野健ノートの公開

資料の一部

 東京文化財研究所には文化財に関わる写真や調査記録など膨大な数の資料を収蔵していますが、その中には研究者が自ら作成・蒐集した資料も多く含まれています。仏教彫刻史の泰斗で東京文化財研究所の職員でもあった久野健氏(1920〜2007)が残した貴重な資料群もそのような研究資料の一つで、久野氏の死後、ご遺族によって当研究所に寄贈されました(https://www.tobunken.go.jp/materials/katudo/203583.html)。
写真資料を中心とした一部の資料は、すでに資料閲覧室で公開されていますが、このたび久野氏が終生愛用していた手書きのノートの目録(310冊、13422件)の整理が終わり、公開の運びとなりました。これらのノートには国内外の仏像彫刻の調査記録や、展覧会の鑑賞記、聴講した研究会のメモなどが書き込まれており、まさに久野氏の研究者としての軌跡が記録されたものと言えます。ウェブサイトでは目録を公開し、資料閲覧室では実際のノートを閲覧することが可能です(https://www.tobunken.go.jp/materials/kuno_note)。ぜひご活用ください。

ウェブサイト「美術工芸品修理のための用具・原材料と生産技術の保護・育成等促進事業」での「文化財(美術工芸品)の修理記録データベース」の公開

文化財(美術工芸品)の修理記録データベース
本データベースの典拠資料および資料ごとの修理記録の年幅

 東京文化財研究所は、令和4(2022)年度より文化庁が進める「文化財の匠プロジェクト」の一環である「美術工芸品修理のための用具・原材料と生産技術の保護・育成等促進事業」に携わっています。このたび令和7(2025)年4月に本事業のウェブサイトを開設し、美術工芸品修理のために必要とされる用具・原材料についての記録映像、科学調査成果、修理記録データベースを公開しています(https://www.tobunken.go.jp/conservation-arts-crafts/)。

 近年、文化財の修理記録という大切な情報を適切な形で後世に残していくことが広く求められています。修理記録は、作品の状態、材料、構造などにかかわる情報の次世代への継承を可能にするのみならず、文化財の管理や保護にとっても重要な情報源となります。しかし、国指定文化財のうち、美術工芸品分野に関しては、明治30(1897)年に制定された古社寺保存法以来の修理記録を全体的に包括する報告書やデータベースなどは存在していませんでした。また、各所で作成された修理報告書についても、記述の内容や方式が統一されておらず、情報共有に課題がありました。そのため、現在、美術工芸品分野の文化財修理にかかわる情報を集約し、一元的に管理するためのプラットフォーム構築の必要性が高まっています。

 本事業の成果のひとつが、「文化財(美術工芸品)の修理記録データベース」の試作版(https://www.tobunken.go.jp/conservation-arts-crafts/records-archives)の作成と公開です。本データベースには、文化庁、修理施設のある国立博物館、全国の修理工房、その他の関連組織によって刊行された修理報告書に所収の修理情報を順次追加していく予定です。本データベースを文化財の修理や管理、修理情報の継承、研究利用等の幅広い目的でご活用いただけましたら幸いです。また、調査にあたって得られた成果は、報告会や研究会等を通じて随時発信してまいります。

韓国書画の作品評価と制度を振り返って―令和6年度第10回文化財情報資料部研究会の開催

 文化財情報資料部では、外部の研究者にも研究発表を行っていただき、研究交流をおこなっています。

 2月17日の第10回研究会では、韓国・明知大学校教授の徐胤晶(ソ・ユンジョン)氏に「安堅と東アジアの華北系山水画―伝称作、偽作、そして唐絵のなかの朝鮮絵画」、そして国立ハンセン病資料館主任学芸員の金貴粉氏に「近代朝鮮における書の専業化過程とその特徴 ―官僚出身書人の動向を中心に―」と題したご発表をしていただき、最後に文化財情報資料部研究員・田代裕一朗が「関野貞の朝鮮絵画調査と朝鮮人蒐集家-東京文化財研究所所蔵の調査資料をもとに―」と題した発表を行いました。

 各発表は、いずれも韓国書画をめぐって、作品評価と制度を振り返るもので、まず徐胤晶氏は、現在安堅の画とされている様々な作品について、江戸時代の日本、そして朝鮮時代の朝鮮における事例をもとに伝称の過程を分析するとともに、安堅の画を東アジア華北系山水画の系譜にどのように位置づけられるか、考察をおこないました。つづく金貴粉氏は、朝鮮時代末期から植民地期にかけて、官僚出身者を中心とする書人が、専業化を遂げ、職業書家に近しい存在に変貌する過程を考察しました。最後に田代裕一朗は、東京文化財研究所が所蔵する朝鮮絵画調査メモを手掛かりとして、関野貞の朝鮮絵画調査と朝鮮人蒐集家について考察する発表をおこないました。

 研究会は、オンライン同時配信(ハイブリッド・ハイフレックス型)で行われ、日本国内の学生と関連研究者だけでなく、米国・中国などの外国からも関連研究者が参加し、長時間にわたる研究会ながら、盛況のうちに終了しました。

酒呑童子絵巻の研究―令和6年度第11回文化財情報資料部研究会の開催

研究会風景
展覧会のチラシ

 令和7(2025)年2月25日に酒呑童子絵巻の研究会を開催しました。この研究は、住吉廣行筆「酒呑童子絵巻」(6巻、ライプツィヒ・グラッシー民族博物館蔵、以下ライプツィヒ本)を中心に科学研究費助成事業基盤研究Bの課題として令和4(2022)年から実施しているもので、このテーマで過去に2回研究会を開催しています。(2021年5月 https://www.tobunken.go.jp/materials/katudo/892626.html 2023年4月 https://www.tobunken.go.jp/materials/katudo/2035746.html)今回は科研費による研究の最終年度にあたり、下記の発表を行いました。
江村知子(東京文化財研究所 文化財情報資料部長)「酒呑童子の魔力」
並木誠士 (京都工芸繊維大学 特定教授)「狩野派と酒呑童子絵巻」
小林健二 (国文学研究資料館 名誉教授)「響き合う能と絵巻」
 3つの発表の後、上野友愛氏(サントリー美術館副学芸部長)にコメンテーターとしてご発言いただき、その後会場やオンライン参加の方々も交えて質疑応答を行いました。この研究プロジェクトは、令和7(2025)年4月29日~6月15日の会期でサントリー美術館で開催される「酒呑童子ビギンズ」展にも協力しています。ライプツィヒ本は第10代将軍徳川家治の養女として紀州家第10代徳川治宝に入輿した種姫の婚礼調度として特別に作られた作品で、今回の展覧会はライプツィヒ本の日本での初公開となります。ぜひ多くの方々に展覧会場でご覧いただきたいと思います。展覧会の情報はこちらをご参照ください。
https://www.suntory.co.jp/sma/

漁村小雪図巻を読み解く―令和6年度第12回文化財情報資料部研究会の開催

研究会の様子

 東京文化財研究所文化財情報資料部では、国内外の研究者を招き、学術交流の場として研究会を開催しています。今年度は、中国美術学院教授であり藝術文化院副院長を務める万木春氏をお迎えし、「王詵《漁村小雪図》巻について」と題した研究発表を行いました。
 本発表では、王詵の画業を文献資料に基づいて探究するとともに、《漁村小雪図》を構成する要素―水辺、雪景、漁村―を丹念に観察し、それらが 画面全体の空間構成にどのように寄与しているかを考察しました。また、自然描写、特に大気表現に注目し、画家の視覚的アプローチを読み解く試みがなされました。さらに、《漁村小雪図》にとどまらず、複数の作例を比較し、異なる視覚表現の方法についても詳細な検討がなされました。
 質疑応答では、研究者や大学院生から活発な質問や意見が寄せられ、それに対して万氏が明快かつ大胆な視点から応答されたことが印象的でした。今回の海外研究者による発表を通じて、日本の研究者にとっても新たな視座を得る機会となりました。
 今後も、海外の研究者を積極的に招き、より広い知見を共有する場として、定期的に研究会を開催していく予定です。

松澤宥旧蔵資料の受贈

松澤宥(Utopias & Visions、ストックホルム、1971年、写真中央)撮影:松澤久美子氏
松澤宥旧蔵資料の一部(1965年に開催された現代美術の祭典アンデパンダン・アートフェスティバル(通称・岐阜アンパン)の関連資料)

 このたび、研究プロジェクト「近・現代美術に関する調査研究と資料集成」の一環で、「松澤宥旧蔵資料の受贈」をご遺族から受贈しました。
 
 松澤宥(1922–2006)は、1960年代半ばから言語や概念を媒介とした表現を展開し、国際的なコンセプチュアル・アートの動向にも積極的に関わりました。こうした創作活動や思想を伝えるこの資料群は、コンセプチュアル・アートの展開を考えるうえで重要な研究資料となります。資料には、松澤の活動のなかで生まれた草稿、展覧会資料、写真などが含まれており、当時の美術の動向を理解するうえで有益な参照資料となっています。

 また、この資料群は、これまで当研究所で収集してきた資料だけでは十分に追いきれなかった部分、特に戦後日本における前衛的な表現活動の展開や、その実践を支えた個々のネットワークに光を当てる上でも、大変貴重な補完的資料となります。

 当研究所では、松澤宥旧蔵資料に関わる研究会を、2017年から4度にわたり開催するなかで、その研究資料としての価値、活用の可能性を関係者とのあいだで共有し、またJSPS科研費「ポスト1968年表現共同体の研究:松澤宥アーカイブズを基軸として」(18K00200、研究代表者:橘川英規)などを通じて、資料のデータ整理・デジタル化も進めてきました。資料の整理作業を進めるなかで、松澤の思考の変遷や国内外に広がるネットワークの姿がより鮮明に浮かび上がり、これらの資料は、彼の活動を振り返るうえで重要であるだけでなく、日本や海外における同時代のカルチャーシーンを多角的に読み解くための礎として、今後さまざまな分野での研究を支えていくに違いありません。

 研究プロジェクト「近・現代美術に関する調査研究と資料集成」では、日本の近・現代美術の作品や資料の調査研究を行い、これに基づき研究交流を推進し、併せて、現代美術に関する資料の効率的な収集と公開体制の構築も目指しております。この資料群は準備が整い次第、資料閲覧室で閲覧していただけます。現代美術をはじめとする幅広い分野の研究課題の解決の糸口として、また新たな研究を創出する契機として、ご活用いただければ幸いです。

◎JSPS科研費18K00200にて作成した松澤宥旧蔵資料のリスト
https://researchmap.jp/kikkawahideki/published_works
・日本概念派関連イベント資料(おもに1960~2007 年)約1400 件
・Data Center for Contemporary Art 資料(おもに1972~83 年)約850 件

※今回ご寄贈いただいた松澤宥旧蔵資料のうち、松澤による自筆原稿など81点のデジタル画像は、県立長野図書館が運用するデジタル・アーカイブ・システム「信州デジタルコモンズ」(https://www.ro-da.jp/shinshu-dcommons/search)にて公開されています。

セインズベリー日本藝術研究所でのプロジェクト協議とイギリスでの講演

ロンドン大学東洋アフリカ研究学院、日本研究センターでの講演
イースト・アングリア大学附属セインズベリー・センターでの意見交換
セインズベリー日本藝術研究所での協議

 イギリス・ノーフォーク州の州都ノリッチにあるセインズベリー日本藝術研究所(Sainsbury Institute for the Study of Japanese Arts and Cultures, 以下SISJAC)は、ヨーロッパにおける日本芸術文化研究の主要拠点のひとつです。SISJACと東京文化財研究所は、平成25(2013)年から「日本藝術研究の基盤形成事業」の一環として、海外で発表された日本美術に関する文献、海外で開催された日本美術に関する展覧会のデータ提供をSISJACより受け、それを東文研総合検索(https://www.tobunken.go.jp/archives/)にて公開する共同事業を進めています。

 この事業の一環として、毎年、文化財情報資料部の研究員がノリッチを訪れ、関係者との協議や講演を行っており、令和6(2024)年度は、文化財情報資料部近・現代視覚芸術研究室長・橘川英規および研究員・田代裕一朗の2名が2月24日から3月2日にかけて現地に滞在しました。

 橘川は、2月26日にロンドン大学東洋アフリカ研究学院(SOAS)日本研究センターにて、「Matsuzawa Yutaka and Europe: Conceptual art exchange(松澤宥とヨーロッパ:コンセプチュアル・アートの交流)」と題して講演を行いました。翌27日にはノリッチに移動し、イースト・アングリア大学附属のセインズベリー・センター(Sainsbury Centre)にて、「日本の近現代美術アーカイブの構築と活用:東京文化財研究所の取り組み」というテーマで講演を行いました。この講演後、イースト・アングリア大学図書館のグラント・ヤング氏、セインズベリー研究ユニット(アフリカ・オセアニア・アメリカ美術担当)の司書パット・ヒューイット氏、SISJACのリサ・セインズベリー図書館司書である平野明氏が、それぞれの機関や部門での活動や、日本に関連するアーカイブズについて発表しました。続いて、SISJAC准教授ユージニア・ボグダノヴァ=クマー氏の司会のもと、参加者間で活発な意見交換が行われました。

 2月28日にはSISJACにて、現在進行中のデータベース構築について、今後の展望を共有しながら協議を行いました。また、令和7(2025)年度に渡英を予定している田代からは、今回の渡英中に行った大英博物館等での調査を踏まえ、専門とする韓国朝鮮美術史に関するイギリスでの研究交流や資料調査の可能性、さらにそれに基づいた講演の構想について提案があり、今後の具体的な方向性について活発な議論が交わされました。

 今後もSISJACとの連携をさらに強化し、日本美術に関する国際的な情報発信と研究支援の充実に努めていきたいと考えています。

シンポジウム「黒田清輝、その研究と評価の現在—没後100年を機に」の開催

シンポジウムの発表(高山百合氏)風景
シンポジウムのディスカッション風景

 東京文化財研究所は、“日本近代洋画の父”と称される洋画家の黒田清輝(1866~1924)の遺産により、昭和5(1930)年に創設されました。現在は東京国立博物館の施設として黒田の作品を展示公開している黒田記念館は、もともと当研究所の前身である美術研究所として建てられたものです。令和6(2024)年に黒田の没後100年を迎えたのを記念して、当研究所の主催により、創設の地である黒田記念館のセミナー室を会場として1月10日に、シンポジウム「黒田清輝、その研究と評価の現在—没後100年を機に」を開催しました。発表者とタイトルは以下の通りです。
基調講演 黒田清輝の画業について——神津港人の視点から(文化財情報資料部上席研究員・塩谷純)
発表1 黒田清輝とラファエル・コラン——いくつかの視点をめぐって(三谷理華氏・女子美術大学)
発表2 黒田清輝以降——昭和期における「官展アカデミズム」の諸相(高山百合氏・福岡県立美術館)
発表3 黒田清輝からの学びと地方への伝播——鳥取県出身者の場合(友岡真秀氏・鳥取県立博物館)
 シンポジウムはオンライン併用で開催、対面参加の方々と併せ63名の方にご参加いただきました。また友岡氏が山陰地方での大雪のためご来場がかなわず、急遽オンラインでのご発表となりましたが、発表後のディスカッションも含め、滞りなく開催することができました。最新の研究成果をふまえ、フランス近代美術との関連、日本近代洋画壇への影響、そして地方への波及という視点から黒田清輝の画業を捉え直した本シンポジウムが、日本近代美術研究の再考をうながす一石となれば幸いです。本シンポジウムの内容については、当研究所の研究誌『美術研究』447号(2025年11月刊行予定)に掲載の予定です。

韓国近代における金剛山の表象―令和6年度第9回文化財情報資料部研究会の開催

 文化財情報資料部では、海外の研究者にも研究発表を行っていただき、研究交流をおこなっています。1月21日の第9回研究会では、客員研究員(2024年12月~2025年2月)として東京文化財研究所に滞在していた韓国・梨花女子大学校教授の金素延(キム・ソヨン)氏に「金剛山を描く―韓国近代期における金剛山の認識変化と視覚化」と題してご発表いただきました。

 朝鮮半島を代表する名山として知られる金剛山は、古くから文学や絵画の主題として取り上げられてきました。しかし近代に入ると大きな変化が起きます。鉄道敷設や観光開発が進むことにより、表象のあり方は変化しました。金氏は、金剛山を描いた様々なメディアを分析しながら、①朝鮮時代にも描かれた内陸の「内金剛」だけでなく、海側の「外金剛」も描かれるようになったこと、そして②「内金剛」に女性的、「外金剛」に男性的なイメージが投影され、描き分けられたことなどを指摘しました。

 写真絵はがき、旅行案内ガイドの挿図まで活用した金氏の考察は、様々なメディアから美術史を構築する可能性、また「観光」や「ジェンダー」といったイシューと美術史の関連性を改めて認識させるものでした。

 研究会には、所内外から多くの学生と関連研究者が参加し、質疑応答では活発な意見交換がおこなわれました。
海外研究者の研究発表は、日本国内の学術的潮流とは異なる着想や方法論について触れ、また相互に刺激を与える機会でもあります。日本と海外を繋ぐ研究交流の「ハブ」としての役割も果たすことで、当研究所がより多角的に日本の学術に寄与できれば幸いです。

泉屋博古館東京の連続講座〈アートwith〉でのレクチャー「美術司書の仕事」

講演「美術司書の仕事」の会場(写真提供:泉屋博古館東京)
講演「美術司書の仕事」のスライド

 泉屋博古館東京にて令和6(2024)年12月6日に行われた連続講座〈アートwith〉に、文化財情報資料部近・現代視覚芸術研究室長・橘川英規が招かれ、「美術司書の仕事」と題してレクチャーを行いました。連続講座〈アートwith〉は、アートに関わるさまざまな専門家が講師となり、広く美術愛好者にむけて、その仕事の魅力を語るイベントです。

 今回のレクチャーでは、東京文化財研究所資料閲覧室だけでなく、東京都現代美術館美術図書室や国立新美術館アートライブラリーでのキャリアをもとに、多岐にわたる司書の専門技術全般をお示しして、そのなかでとくに蔵書目録作成や美術家に関する書誌編纂によって行われる、研究者・学芸員の研究活動支援や蔵書の価値を高める枠組みつくりのたのしみをお話しました。

 当研究所は、文化財を守り、後世へとつなげるためにさまざまな専門家が協力しています。美術資料に精通した司書も、こうした取り組みを支える一員として、文化財の未来をともに考え、守り続けていく重要な役割を担っています。それを紹介するとともに、橘川自身がその意義を改めて振り返る、よい機会ともなりました。今回のレクチャーをご覧になられた美術愛好者の方、異業種の方、学生の方が、美術司書という仕事に魅力を感じ、文化財保護への関心を深めていただけたのならなによりです。

韓・米・仏の歴史学研究者一行を迎えて(資料閲覧室)

 令和6(2024)年12月15日、韓・米・仏の歴史学研究者一行が資料閲覧室を訪れました。一行は国際フォーラム「韓国学の新地平―歴史をひもとき、現代世界を読みなおす―」(12月13日~14日に獨協大学にて開催)で研究発表をするため来日しており、日本滞在中の見学先として東京文化財研究所が選ばれました。
 鄭枖根(ソウル大学校歴史学部教授)、朴省炫(同学部副教授)、朴芝賢(同学部講師)、朴俊炯(ソウル市立大学校国史学科副教授)、韓鈴和(成均館大学校史学科助教授)、李在晥(中央大学校歴史学科副教授)、BRUNETON Yannick(パリ・シテ大学韓国学科教授)、Jisoo M. Kim(ジョージ・ワシントン大学歴史学科准教授)をはじめとする一行は、文化財情報資料部文化財アーカイブズ研究室研究員・田代裕一朗による案内説明を受けながら、昭和5(1930)年以来集められてきた当研究所の蔵書、そして所蔵拓本を興味深く見学しました。
 文化財アーカイブズ研究室は、文化財に関する資料情報を専門家や学生に提供し、資料を有効に活用するための環境を整備することをひとつの任務としております。世界的に見ても高い価値を誇る当研究所の貴重な資料が、美術史研究だけでなく、アジア史研究、ひいては歴史学研究全般で広く活用され、人類共通の遺産である文化財の研究発展に寄与することを願っております。

※文化財アーカイブズ研究室では、大学・大学院生、博物館・美術館職員などを対象として「利用ガイダンス」を随時実施しています。ご興味のある方は、是非案内(https://www.tobunken.go.jp/joho/japanese/library/application/application_guidance.html) をご参照のうえ、お申込みください。

長尾美術館に関する基礎的研究―美術研究所との関わりの解明に向けて―令和6年度第8回文化財情報資料部研究会の開催

研究会の様子

 令和6(2024)年12月18日に開催された第8回文化財情報資料部研究会では、文化財情報資料部研究員・月村紀乃が「長尾美術館に関する基礎的研究―美術研究所との関わりの解明に向けて―」と題した研究発表をおこないました。
 長尾美術館とは、わかもと製薬の創業者である長尾欽弥(1892~1980)・よね(1889~1967)夫妻が、昭和21(1946)年、夫妻の別荘である「扇湖山荘」(神奈川県鎌倉市)内に開いた美術館です。同館は、野々村仁清「色絵藤花文茶壺」(現・MOA美術館蔵)や「太刀 銘 筑州住左(号 江雪左文字)」(現・ふくやま美術館蔵)、宮本武蔵「枯木銘鵙図」(現・和泉市久保惣記念美術館蔵)など、名品として知られる作品を数多く収集していましたが、やがて所蔵品を少しずつ手放すこととなり、昭和42年(1967)頃には、解散状態に至りました。事実上の閉館から半世紀以上が経ちますが、美術館としての運営実態やコレクションの全体像はいまだ明らかになっていません。
 一方で、長尾夫妻は、作品の購入や展示に際して、東京文化財研究所の前身である美術研究所の所員と深い関わりを持っていました。なかでも、美術研究所に拠点を置いた「美術懇話会」や「東洋美術国際研究会」の活動について、長尾欽弥が理事として参画し、その所蔵品を研究者へ紹介する機会を得ていたことは特に注目されるでしょう。
 発表では、当研究所に残された関係資料の調査から、長尾夫妻と美術史研究者との交流が、長尾美術館所蔵品の評価につながっていた可能性を提示しました。また、発表後には、同館解散当時の状況を知る研究者から貴重な証言が寄せられるなど、活発な意見交換がおこなわれました。美術作品の伝来史や評価史を考えるうえで、長尾美術館は重要な存在であり、その全容を把握するべく今後も研究を進めてまいります。

長谷川等哲についての研究発表―令和6年度第7回文化財情報資料部研究会の開催

研究会風景

 文化財情報資料部では東京文化財研究所の職員だけでなく、外部の研究者も招へいして研究発表を行っていただき、研究交流を行っています。11月の研究会では山口県立美術館副館長の荏開津通彦氏に「長谷川等哲について」と題してご発表いただきました。長谷川等哲については、これまで『岩佐家譜』に岩佐又兵衛の長男・勝重の弟が、長谷川等伯の養子となり、長谷川等哲雪翁と名乗って、江戸城躑躅間に襖絵を描いたことが記録され、『長谷川家系譜』に載る「等徹 左京雪山」、また『龍城秘鑑』が江戸城躑躅間の画家として記す「長谷川等徹」と同人かとされてきました。等哲の作品としては「白梅図屛風」(ミネアポリス美術館蔵)が知られていましたが、現存作例・文献も少なく、未詳のことが多い画家です。今回の荏開津氏の発表では、最新の研究成果をふまえて「長谷川等哲筆」の落款のある「柳に椿図屏風」など、等哲筆とみなされる作品を多く提示し、聖衆来迎寺の寺史『来迎寺要書』に同寺の「御相伴衆」として長谷川等哲の名が現れること、また、備前国・宇佐八幡宮の「御宮造営記」に、歌仙絵筆者として長谷川等哲の名が記されることなど新たな文献情報をあげ、長谷川等哲の画業について考察しました。発表後の質疑応答では、コメンテーターとしてご参加いただいていた戸田浩之氏(皇居三の丸尚蔵館)、廣海伸彦氏(出光美術館)のほか、長谷川等伯に関する数多くの業績をお持ちの宮島新一氏をはじめ多くの研究者の方々にご参加いただき、活発な研究討議が行われました。

和泉市久保惣記念美術館での調査

和泉市久保惣記念美術館での絵巻物の調査
「山崎架橋図」の調査

 大阪府にある和泉市久保惣記念美術館は、昭和57(1982)年に開館した和泉市立の美術館で、日本東洋の古美術作品を中心に所蔵し、展覧会をはじめさまざまな文化振興活動を行っています。令和6(2024)年1月に、東京文化財研究所は和泉市久保惣記念美術館と共同研究に関する覚書を締結し、同館所蔵作品の調査研究を行っています。令和6(2024)年3月には鎌倉時代の絵巻である「伊勢物語絵巻」と「駒競御幸絵巻」(ともに重要文化財)について光学調査を行いました。また令和6(2024)年11月には、「山崎架橋図」や「枯木鳴鵙図」(ともに重要文化財)などの掛軸の作品について、光学調査を行いました。今回の調査では特に「山崎架橋図」の下部に記されている銘文をより識別しやすい画像を記録できないか、ということや、宮本武蔵によるすぐれた水墨画作品として知られる「枯木鳴鵙図」の表現について、材料や技法に注目して調査撮影を行いました。今回得られた調査成果をもとに共同研究を実施していくとともに、和泉市久保惣記念美術館での展示や教育普及活動に活かしていただけるように進めて参ります。

東京藝術大学の一行を迎えて(資料閲覧室)

資料閲覧室を見学する一行

 令和6(2024)年11月26日、東京藝術大学美術学部の一行が、「工芸史特講演習」の一環で東京文化財研究所の資料閲覧室を訪問しました。

 片山まび氏(東京藝術大学美術学部教授)が引率する大学院生・学部生の一行は、文化財情報資料部文化財アーカイブズ研究室 研究員・田代裕一朗による案内のもと、昭和5(1930)年以来集められてきた当研究所の蔵書を見学するとともに、その活用方法に関する説明を受けました。なお今回の見学にあたっては、工芸史研究における活用価値の高い売立目録コレクションに重点を置き、田代が自身の調査研究で得た知見を交えつつ、より深く「売立目録」という資料を理解できるよう構成しました。

 文化財アーカイブズ研究室は、文化財に関する資料の情報提供、そして資料を有効に活用するための環境整備に日々取り組んでいます。とくに研究員が日々進める調査研究が、このような取り組みと並行して進められ、両輪を成している点は当研究所ならではの特徴です。

 世界的に見ても高い価値を誇る当研究所の貴重な資料が、これからの未来を担う学生に活用され、長期的な視野に立って文化財に対する認識と研究発展に寄与することを願っております。

※文化財アーカイブズ研究室では、大学・大学院生、博物館・美術館職員などを対象として「利用ガイダンス」を随時実施しています。ご興味のある方は、是非案内(利用ガイダンス|東京文化財研究所 資料閲覧室) をご参照のうえ、お申込みください。

「第58回オープンレクチャー かたちを見る、かたちを読む」開催

講演風景(逢坂裕紀子氏)
講演風景(川島公之氏)

 令和6(2024)年11月1日、2日の2日間にわたって、東京文化財研究所セミナー室で「第58回オープンレクチャー かたちを見る、かたちを読む」を開催しました。文化財情報資料部では、毎年秋に「オープンレクチャー」を企画し、広く一般から聴衆を募って、研究者の研究成果を発表しています。
 今回は、1日目に、「データベースにおける検索とキーワードの関係について」(文化財情報資料部 主任研究員・小山田智寛)と「AI時代におけるデジタルアーカイブ -文化の保存・継承・活用に向けて」(国際大学 GLOCOM研究員・逢坂裕紀子氏)の講演がおこなわれ、文化財デジタルアーカイブにおける将来的な可能性が示されました。
 また、2日目には、「韓国陶磁鑑賞史 -韓国におけるコレクションの形成」(文化財情報資料部 研究員・田代裕一朗)と「中国陶磁鑑賞史 -近代のわが国における中国陶磁鑑賞の受容と変遷」((株)繭山龍泉堂代表取締役、東京美術商協同組合理事長・川島公之氏)の講演がおこなわれ、韓国陶磁や中国陶磁に対する価値観の移り変わりが紹介されました。
 両日合わせて一般から138名の参加者があり、聴衆へのアンケートの結果、回答者のおよそ9割から「たいへん満足した」、「おおむね満足だった」との回答を得ることができました。

北米美術図書館協会(ARLIS/NA)来日記念国際シンポジウム「美術アーカイブと図書館における国際連携」開催と関連機関視察

ARLIS/NAジャパンスタディーツアー オリエンテーション(10月21日)
関連施設視察(東京文化財研究所書庫、10月21日)
シンポジウム「美術アーカイブと図書館における国際連携」ディスカッション(10月22日)

 北米美術図書館協会(ARLIS/NA)は、昭和47(1972)年に設立された美術・建築を専門とする司書、視覚資料専門家、キュレーター、教員、学生、アーティストなど1000名以上で構成される組織です。このARLIS/NAが、今回、はじめて日本でのスタディーツアーを開催し、16名のメンバーが来日しました。そのツアーの一環として、令和6(2024)年10月22日、ARLIS/NAと東京文化財研究所の共催による国際シンポジウム「美術アーカイブと図書館における国際連携」を開催いたしました。
 シンポジウムでは、第一部として、国立国会図書館・電子情報部主任司書の小林芳幸氏がデジタルアーカイブのナショナルプラットフォーム「ジャパンサーチ」を、文化財情報資料部近・現代視覚芸術研究室長・橘川英規が、当研究所所蔵近現代美術アーカイブを紹介しました。第二部「ARLIS/NA 日本関係コレクションの事例研究」では、ピーボディ・エセックス博物館ダン・リプカン氏(代読:ボストン建築大学・安田星良氏)、イリノイ大学のエミリー・マシューズ氏、プラット・インスティテュートのアレクサンドラ・オースティン氏、ブリガムヤング大学図書館のエリザベス・スマート氏、ヴィジュルアル・アーティストのアンジェラ・ロレンツ氏に、ご所属機関の日本関連資料や日本と関わりの深いコンテンツ・活動をご紹介いただきました。そののちに、山梨絵美子氏(千葉市美術館館長、当研究所客員研究員)のディスカッサントのもと、討議を行いました。ARLIS/NAのメンバーと日本国内の専門家、合わせて70名あまりが参加し、活発な情報交換が行われました。
 またこのスタディーツアーでは、関連機関の視察も行われ、東京藝術大学大学図書館、東京国立博物館資料館、国立西洋美術館研究資料センター、国立国会図書館、東京都現代美術館美術図書室、早稲田大学會津八一記念博物館・中央図書館・国際文学館(村上春樹ライブラリー)、東京国立近代美術館アートライブラリを訪問させていただきました。この場をお借りして、ご対応くださった各機関の担当者の方にお礼を申し上げます。今回のシンポジウムと関連機関視察が、ARLIS/NAメンバーと、日本国内で文化財に携わる専門家との相互交流の契機になればなによりです。

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